[PR]上記の広告は3ヶ月以上新規記事投稿のないブログに表示されています。新しい記事を書く事で広告が消えます。
しょーとしょーと1
「ランダム液晶」
「その、メニュー開いた時のアイコンを押せば撮れるから」
「ここ?」
「そう」
昨日買った後、分厚い説明書に四苦八苦しながら設定しておいたシャッター音が鳴る。はじめに高音でスターターの音が聞こえて、次にドルル、と低音で唸るバイクのエンジン音を聞く。しかめっ面になって渡してきた画面に納められたのは、窓から見える夕焼けの町並みだった。
「なにこの音」
「エンジン音。かっこいいだろ」
「かっこよくないし」
うつされた夕闇の街はきれいな橙色にそまって、普段何とも思わない電信柱にさえちょっとした美しさを感じる。たかが携帯電話のカメラのくせに、と僕は思う。振り向くと、当の撮った本人はあきれた表情で僕を見ていた。夕焼けの逆光で焼けてもいない肌が小麦色に見える。
「そうかな」
「おかしいって、カメラのシャッター音なのに」
「でも、初期設定にはいろんな音が入ってるじゃん。犬の鳴き声とか、黒電話のベルとか」
「だからって、カメラのシャッター音をバイクにするのはおかしいって」
「えー、好きなんだけどな」
車輪が錆びついているのか、進んで行くたびにきしむ音が耳に聞こえる。使い続けてきた車輪だから古びるのも仕方がない。家に帰ったら油をさしておくべきかもしれない。
「好きなものってさ、こう、思わぬところにあると、うれしくならない?」
「それ、シャッターの話?」
「まあ。例えば音楽だったら、プレーヤーでランダム再生してて、“ああ、次あの曲聞きたいな”とか思ってると思った曲が流れてきたりすると、すこしうれしい」
「そう?」
「他には、秋の夜にふと聞こえてきた鈴虫の声とかも“秋だな”って思えてうれしい。音じゃなくても、クラスメイトが自分の好きな雑誌を読んでいただとか、自分の出身地をテレビのニュースで見かけた、とか」
「最後の事故とかだったら不謹慎だな」
冷静に僕の言うことに返してくる声は、淡々としている。僕はたとえ話を続ける。
「今さっき、僕がさっき夕焼けを撮ってみてって言ったのも、僕はこういう風景が好きだからで、写真を撮るのがうまいソーヤにお願いしたんだし」
「ええ?あんな適当に撮っただけなのに……」
「でた、ソーヤの“誰でもできる”発言」
「誰でも出来るって……」
僕は足を動かさずに、夕闇の中を進んでいく。キュラキュラと、キュラキュラと。進む歩道には二つの影がゆれる。ユラユラと、ユラユラと。
「いつも僕を目の前にしてそれ言うけどさ、普通の人は僕には言えないよ、それ」
「バイクの音をシャッター音にする奴のどこが普通なんだか」
「僕の人間性の話じゃないよ、君の人間性の話」
僕の目線は低く動いて、目に映るのは夕暮れの歩道と、民家の壁、時折植えてある銀杏の木に一定の間隔で立っている電信柱。その風景に話しかける者の姿はない。
「私の?普通だろ、いたってふつー」
「普通の人は僕に“何でもできるだろ”って言わないよ」
「はあ、そうですか」
僕は誰もいない空間を見ながら言葉を話し、その返答は僕の頭上から降ってくる。でも、僕らの会話はこれが普通だ。
「で、結局その話がどうバイクのシャッター音につながるのさ」
「ああ、だから、思わぬところに好きなものがあると、うれしいでしょ?」
「まあ、うれしい人はうれしいんでしょ」
「僕はこんなだから、バイクにはあこがれがあってさ。乗れはしないけど、音が好きなんだ」
少し進むスピードが落ちた。僕は自分の周りには結構敏感に反応できるから、僕の後ろで僕を押す人間の心境の変化も多少は当てることができる。たぶん、僕の言葉に少しうろたえて、でもそれを見せまいと強がっているはずだ。だから次に出る言葉は、きっとそっけない。
「で?」
「……夕焼けは、いつも見てるから好きなんだ。この風景を見るといつもの様子が思い出せるし、何より、こんな普通の住宅街なのに、日が傾くだけでこんなにも奇麗に見えるんだよ」
「……そんなもんかね。いつものことだから、私には面白みがないと思うけど」
「変わらない面白さもあるよ」
歩道が途切れて、道路に降りる。ガタガタと体が揺れて、首ががくがく、視界も揺れる。
「だいじょぶ?」
「うん」
「また乗り換え」
そ う言ってソーヤは少しスピードを緩めて次の歩道に近づく。歩道を守るガードレールがすぐ横にまで来ると、ソーヤは器用に僕の体を後ろへ傾け、歩道に乗り上 げる体制を作る。その間、僕にできることなんてない。ただ、走りすぎる車の音や、どこかで走っている子供の笑い声に耳を傾けているだけ。
「よっと」
「ありがとう」
「ん」
乗り上げた歩道は最近舗装されて、なめらかに進んでいくことができる。心なしか、進むスピードも速い気がした。
「まあ、そのー好きなものが“思わぬところで”、っていうのは何となくわかった。だからシャッター音にバイクっていうのはカメラのシャッター音が“思わぬところで”っていうことなのか?」
「そうだね、写真を撮ろうとして、バイクのエンジン。お、バイクだ、って思える」
「……ごめん、たとえ話のは理解できたけど、そのバイクとカメラはやっぱよく理解できないわ」
「えー、“お!”って思わない??」
「思わない、たぶん」
わ かってもらえなくて残念だ。まぁ、例えで分かってくれたなら、それはそれで良しとしようか。でも少し不満な僕は手に持ったままだった真新しい携帯電話を起 動して、カメラモードに設定する。昨日何枚か部屋の中を撮ったから、最初に触った時よりはスムーズに起動できた。そのままカメラの撮影モードを人物に設定 する。
「でも、じゃあなんで夕焼けの写真なんだ?」
僕は携帯を頭上に掲げて、そのままシャッターを切った。
「何すんだよ」
「あれ、暗くてよく見えないや」
「逆光で、影だから見えないだろ」
「でも、まあいいや、ソーヤが写ってたら」
そしてその写真をそのまま保存して、カメラモードを終了する。携帯の画面が待機画面に移り変わったのを確認して、後ろにいるソーヤに手渡した。
「なに?」
「そのまま見てたらわかるよ」
手渡してから数分後、ソーヤが僕の膝に携帯を置いた。僕は後ろを見上げて聞く。
「わかった?」
「思わぬところ、ね」
「僕にしてはいい買い物だと思わない?」
「……そんなの買うなら、フォトフレーム買えばいいのに」
「わかってないなー!常に持ち運べて、なおかつ眺められる!最高じゃない!」
「まあいいけど。とりあえずさっきの私のは消しといたから」
「ええ!?なんで!?」
「撮るならもう少し明るいほうがいいだろ?」
「うん」
夕暮れを進む二つの影。一方は車いすに座って、一方はそれを押して。キュラキュラと、ユラユラと。ゆっくりゆっくり進んでいく。
「ところでソーヤ」
「何?」
「これフラッシュたくにはどうやるの?」
「……知らん」